AMERICAN POPS

ここでは私が洋楽を聴き始めた頃に良くラジオで流れていた、懐かしのアーティスト達を
幾つか紹介していきたい。
★THE MONKEES 〜 小学生の頃リアル・タイムで見たモンキーズのTV番組は実に面
白かった。きっと今見たらナンテ事はないのだろうが。何回かライヴ・ステージも放映して
いたが、その時はこれにはあまり興味は湧かなかった。でもこれがきっと洋楽と接した初
めての体験だったのかもしれない。
★1910 FRUITGUM CO. 〜 名前の由来は良く判らないが、ともかくこれも洋楽の聴き
始めだった頃良くラジオで流れていた。
★THE GRASS ROOTS 〜 はっきりと憶えているのはポップス・ベスト10みたいな番組
で流れた‘The Runway’(邦題:涙の滑走路)がカッコ良くって、すぐにレコード屋さんを
何軒も捜し回って買ったことだ。
★THREE DOG NIGHT 〜 これもポップス・ベスト10で流れていた常連バンドだ。確かエ
ア・チェックをした最初のカセット・テープにちょうどその頃ヒットしていた‘Old Fashioned
Love Song’が録音されていたはずだ。
★CHICAGO 〜 こちらも同様エア・チェックし始めた頃のベスト10の常連バンド。何枚も
アルバムを出しているが私はベスト盤しか持ってません。決して嫌いではないのだが、理
由は良く判らない。しかし、そのベスト盤に大好きな‘Someday’が入ってなかったのは大
ショックであった。



THE MONKEES
1966年、ビートルズに対向してアメリカのTV番組用に作られたバンド。メ
ンバーはミッキー・ドレンツ、デイヴィー・ジョーンズ、マイク・ネスミス、ピー
ター・トークの4人。実際のステージでは彼らは演奏してなかったらしい。
が、そんなことを差し引いても‘THEME FROM THE MONKEES’を聴けば
何時だってあの番組のオープニングが思い出されるし、‘LAST TRAIN TO
CLARKSVILLE’(恋の終列車)、‘VALLERI’(すてきなバレリ)などのアメリ
カン・ポップス・クラシックとも言えるような曲には懐かしさがこみ上げてくる
メロディーが一杯詰まっている。また初期のヒット‘I'M A BILIEVER’はニー
ル・ダイアモンドが、‘PLEASANT VELLEY SUNDAY’はキャロル・キングが
それぞれ曲を提供している。
1910 FRUITGUM CO.
60年代後半のアメリカではちょっとしたバブルガム・ミュージックのブーム
があり、その代表がこのバンドであった。68年から71年頃まで活動して
いたらしく、71年にはピンク・フロイドと共に来日している。最も有名な曲は
SIMON SAYS’だろう。日本でもかなりのヒットとなったはずだ。わずか3
年余りの間にメンバーがガラリと入れ替ってしまったらしいが、最後のメン
バーには後にシカゴにも加入することになるドニー・デイカスもいたとの事。
MAY I TAKE A GIANT STEP’‘YUMMY、YUMMY、YUMMY’‘SPECIAL
DELIVERY’‘INDIAN GIVER’‘THE TRAIN’などのキャッチーなナンバーは
やはりいつ聴いても胸踊る曲ですね。
THE GRASSROOTS
ラジオで洋楽をエア・チェックし始めた頃にヒットしていたのが71年発表の
TWO DIVIDED BY LOVE’(恋は二人のハーモニー)で、その翌年にヒット
したのが‘THE RUNWAY’(涙の滑走路)であった。シングル盤をすぐに買
って来てはそれ以来毎日のように聴いていて、この曲のメロディーとリズム
、コーラス・ハーモニーと全てが良かった。憶えたての英語が一杯使われ
ていた歌詞も良かったのかもしれない。このB面であった‘MOVE ALONG
は全然タイプの違うシットリとしたバラードだったと思うが、これも結構気に
入っていた憶えがある。
THREE DOG NIGHT
このバンドの最大の持味は3人の異なったタイプのリード・ヴォーカリストを
有していた点だろう。‘MAMA TOLD ME’‘JOY TO THE WORLD’‘BLACK
AND WHITE’の3曲の全米NO.1ヒットを持ち、ちょうど私が洋楽をラジオの
ベスト10番組でエア・チェックし始めた頃にも‘AN OLD FASHIONED LOVE
SONG’‘FAMILY OF MAN’などのナンバーが良く流れていた。日本では中
々BEST盤でしか入手出来ないが、過去にはMCAレコードで全タイトルCD
化されていたようで、日本でもCD化の再発を切に望む。3人の豪快で繊細
なコーラス・ハーモニーをもう一度聴きたいと思っている日本のファンも多
いと思うのだが。過去、72年・73年・75年に3度来日している。
CHICAGO
こちらもやはり上記のスリー・ドッグ・ナイト同様、当時良くラジオで流れて
いた。‘SATURDAY IN THE PARK’‘FEELIN' STRONG EVERYDAY’などの
ナンバーが聴き初めの頃の曲だったと思うが、これが所謂ブラス・ロックと
の初めての出会いだった。こちらも曲によってはロバート・ラム、ピーター・
セテラの2人で歌い分けていて、バンドの性格上決して派手では無いテリ
ー・キャスのギターも結構好きであった。当時持っていた‘LOWDOWN’のシ
ングル盤B面の日本語バージョンも好きでだいぶ聴き込んだ憶えがある。
71年を筆頭に何回か来日していて、日本のみ発売の‘Live In Japan’
(1972)も発売された。初期のアルバムはやたら2枚組(ライヴ盤は4枚
組!)なんてのが多かったのも記憶に残っている所だ。

THREE DOG NIGHT

(2001/2/11UP)